Plus ça change, plus c’est la même chose.

変われば変わるほど、もとのまま。

ある居酒屋のはなし

今週のお題「いも」

自宅近くの居酒屋の話をしよう。おばあちゃんと娘さんと思しきおかみさんが切り盛りする、10席にも満たないちいさなお店の話を。

その店を知ったのは、正確に言えばその店に入ることを後押ししたのは「孤独のグルメ」だった。自分の住んでいるエリアの回を観たら、通学路のあの店の前を松重豊が歩いているではないか。「こういう店を、ざっかけないって言うんだなあ」なんて独り言ちながら、おかみさん役の美保純を相手にホクホクしている。行かない手はないと思った。

底冷えのするある晩、友人を誘いおそるおそる曇りガラスの戸を引いてみる。すでに5、6人の先客が顔を赤らめ、我々はかろうじて角の席に座ることができた。

その友人とフランス語の話をしていたら、隣の席の50過ぎくらいのおじさんが「きみ、フランス語やってるの」と尋ねてきた。ある私立大で建築を講じる先生とのことで、フランスにはかなり造詣が深いとみえた。その先生から、コルビュジエの建築でもリエゾンの法則でもなく、この店のおすすめメニュー、カレーを教えてもらった。

出てきたのは、家庭料理に出てくるアレ。ただ、やはり「ざっかけない」店だけあってカレーもまた然り。とにかく具がデカい。にんじんもいもも、とかく一口で食らうとそれで口の中がいっぱいになってしまうような、そんなデカさだ。辛さも容赦なかった。繊細なおもてなしというわけじゃないけど、でもどこか心休まる。そんなカレーであり、居酒屋だった。

ただ、その後は足が遠のいた。夜通るたび、曇りガラスから漏れ出る明かりを横目に誘惑を抑えた。そのうちコロナ禍に突入。そろそろ行かなきゃと思っていた矢先、おばあちゃんの入院で臨時休業との張り紙が出ていた。

あの手狭な空間にいると、お客さんともお店の人とも自ずと距離が縮まる。一度行っただけなのに家みたいになる。そんな場所が、今の自分には欠けている。おばあちゃんの恢復を祈りたい。