人生
ここのところ、生きている感じがしない。
生きている感じ、というのは、自分のことなど忘れてしまうくらい他のことに夢中になっているときにおぼえるものだろう。自分にも心当たりがないではない。小学生のころなど、時間が経つのも忘れて、漫画を描いたり、野球をしたりしていたから。
こうした、何か自分の心を占めるものが今やなくなってしまった。何をしても、それをしなければならないからしているにすぎない、という気持ちしかもてなくなった。おそらく自分が好きなのであろうと思って入った文学部の勉強も、今では、卒論を書いて卒業しなければならないから仕方なくやっている。
私は就活をしていないけれど、今ごろ面接に臨んでいる同級生たちは「学生時代に何を頑張ったか」などと問われているのだろう。私はこの問いに答えられる自信がない。たしかに、この3年間は決して遊び暮らしていたわけではない。むしろ勉強ばかりしていた方だ。ただ、自分の興味の赴くままに学術的な探究をしたというより、授業で課せられたものをいかに乗り切るかにばかり気を配っていた。むろん履修は自分のほしいままに組めるわけだが、どの授業も最終的には良い成績を取ることに意識が向かい、その内容自体には魅力を感じなくなるということがしばしばだった。だから「勉強を頑張りました」などと胸を張って言えないのだ。「頑張る」にある程度自律性が含まれているとすれば、私の「勉強」はほとんど他律に近いものだったから。
中学、高校、大学と進むにつれて、「何をしたいか」ではなく「何をしなければならないか」で動くように体が慣れきってしまった。それは決して、なさねばならない何かが、したい何かを抑圧するようになったということだけを意味しているのではない。「何をしなければならないか」にしたがって動くあまり、何かをしたいという気持ちすら枯れてしまったのである。
こうなってしまっては、人生が面白くなるはずがない。たとえ社会的に成功しているように見られることがあろうとも、このようなマインドでは、何をしても充足感は生じないだろう。
考え方を変えたらとか、いつか好きなことに巡り会えるはず、という類いのアドバイスについては正直あまり信じていない。無理やりに姿勢を変えることも、根拠のない理想を抱くことも、結局は根本的な問題解決にはなっていない。
さしあたりは、この鬱屈とした人生に耐えることだけが、自分に残された道であるように思う。
今週のあれこれ
今週に入って、東京もご多分にもれず新型コロナの影響を無視できなくなった。
東大も文学部の授業を実質的に延期。留学先のアメリカの大学からも連絡がない。週に1度の読書会も中止を余儀なくされる。
買い占めのためでなく、単に食材がないから昨晩買い物に行ったら、お米も食パンもカップ麺もみななくなっている。幸いお米は実家から送られてくるが、食パンは駅から遠いコンビニでようやく見つけた。
たいへん不謹慎だけれど、こうやって時事刻々と変わっていく事態に関心を寄せることで、ひとまず「生きる」というむき出しの問題を宙吊りにできているような気がする。しかし、この災禍が過ぎ去ったときに、やはりまた同じ問題が去来するのだろうなとも思う。
石井遊佳さんの作品まとめ読み
今週のあれこれ
今週はずっと帰省していた。
3月に入ってからずっと続いていた息苦しさを忘れられるかと思っていたが、変わらなかった。土を掘り返すとどこかでスコップがカツンと音を立てて、それ以上掘れなくなるような感じ。放蕩も労働も意味を失ってしまうような底。ときどき土のあいだから垣間見えて、何もかもどうでもよくなる。
慰めに深夜に映画を観て、見知らぬ人と電話で話して、翌朝9時に起きて、反射的に語学学校に向かう道すがら、季節外れの陽気が、もう昨日のことなどなかったようにさせる。
翻訳
ここのところ、合田先生の翻訳を参照しつつ『存在するとは別の仕方で』の私訳をつくっている。まずは邦訳だけさらっと読もうと思っていたけど、とくに術語が氾濫してくると原文に還帰する必要を感じざるを得ず、少し原文に戻る時間をとっている。
Autrement qu'etre ou au-dela de l'essence (Phaenomenologica)
- 作者:Levinas, E.
- 発売日: 1991/07/31
- メディア: ハードカバー
『全体性と無限』と違って文章が崩壊していると聞いていたけど、いま読んでいるところは非常に論旨が分かりやすい。フッサールを読んでいると、なお分かりやすいのかもしれない。
この1週間で邦訳は1周したい。
今週のあれこれ
今週は自分自身はさておき、身近な人に転機があった。そこで少しセンチになりながら聞いていたのが、細野さんの「終りの季節」。もう朝焼けなんてしばらく見ていないけど、早起きして家の窓に迎え入れたくなる。
それからこれ。東大入試で出たのと、高校時代から気になっていた学者さんということで。専門の世界に入り込むと、小坂井さんみたいにいろんな分野を縦横無尽に駆け巡ることを忘れてしまう。
こうやって週に1度、その週に聴いたアルバムと読んだ本をまとめるのも悪くないかも。